東京コンピューター・ガール

第1話『メモリが足りない?』編




ビギナーは忙しかった。
どれくらい忙しいかと言うと、誰も起こさなければ午後ニ時まで寝てしまうくらい忙しかった。どうして忙しいのかと言えば、友達からもらったゲームにはまっているせいなのであった。 (^_^;)
「ううう、いいかげん起きないと。いくら冬休みだからって、寝てたら、もう夕方になっちゃうよう」
ビギナーは、もそもそとベッドから起き上がった。起きてそのまま、ふらふらと机のほうへ向かう。机の真ん中にはあるじ然として、白いパソコンがおいてあった。
ぴぽっ。
かわいらしい電子音が鳴った。カチカチと、ディスクの読み込まれていく音が聞こえる。
MS−DOSをたち上げているのだ。ほどなく、メニュー画面が、ディスプレイに表示される。
「っと、『メニューの終了』っと」
ポンッ。と、ビギナーは、ファンクションキーを押した。これだけは何回もやっているようで、手慣れている。次は、ディスクを差しかえて、リセットキーを押す。また、カチカチと音がして、ディスクを読み込みはじめた。
「いいかげん、レポート書かなきゃいけないもんね。20枚もあることだし」
不意に、パソコンの動作音が止まった。
「うにゃ?」
ビギナーは、ディスプレイを不思議そうに見た。
ディスプレイには、『メモリが足りません.』と、出ていた。
「え?」
ビギナーは、ただただ、首をかしげるのでした。


「まこちゃん。誠ちゃん。いるんでしょ、ワープロが変なの。助けてよ」
ビギナーは、着替えると、すぐさまとなりの家の窓をたたいた。長いものさしで、窓のガラスをはげしく叩いた。
「なんだよ、若葉。また何か壊したのか」
誠は、ガラリと窓をあけた。また頭がぼさぼさのところを見て、ビギナーは誠も夜遅くまで、パソコンをいじっていたなと、思った。
「壊してないよ。ねえ、『若葉』って呼ぶのよしてよね。確かに私ビギナーだけど、ちゃんと『えり』って名前があるでしょう」
ちょっと怒ったように、えりは言った。誠は、そういう反応を楽しんでいるように、にこにこ笑っている。
「で、今回は何を壊したのさ」
「壊してないってば。ワープロが起ち上がらなくなっちゃったの。ちょっと来て見てよ」
「いいよ」
誠はそのまま窓枠をのりこえる。ひょいと、身軽な感じでえりの家の窓枠にとりつく。だが、窓枠につかまっている誠の手を、えりは冷たくはがそうとする。
「玄関から来てよね。いつもこっから来られたんじゃ、私が困るのよね」
「そんなことすると、もう教えてやらないぞ」
脅しをかけるように、誠は言った。
「いいじゃないか。帰りにサンダルを貸してくれるくらい。ちゃんと返してるだろう」
誠は、窓枠をのりこえてえりの部屋に入った。
「ここから入るくらいなら、帰りもここから出て行ってよね」
「それは、若葉のうちと窓の位置が違うから、無理なんだろ。だからサンダルを貸してもらうんじゃないか。文句を言うなら手伝ってやらないぞ」
「また若葉って言った」
えりが、怒ったように言う。
「帰るぞ」
「サンダル貸さないわよ」
えりが、決めぜりふでもいうように言った。
誠は、別にいざとなったらサンダルを借りなくたってかまわないのだが、一応、困ったような顔をして見せる。
「教えてくれるよね」
えりが、上目づかいでじっと誠の顔を見る。
「わかったよ」
誠は、一つためいきをついて、えりのパソコンを見た。
ディスプレイには、えりが起ち上げたときと同じように、『メモリが足りません.』と、表示されていた。
「本は読んだのか?」
誠は、えりのほうを見る。えりはワープロのソフトのマニュアルを見て、首をかしげている。
「読んだんだけど、わからないの。一応エラーメッセージの一覧表は見たんだけど、原因とか、解決法がのってないの」
と言って、誠にマニュアルをわたす。
確かに、『起動するために必要なメモリが足りません.』と、書いてあるだけで、これでは、初心者のえりには、どうすればいいのかわからないだろう。
「昨日はちゃんと使えたのに」
えりが、もう使えなくなったんだわと思って、不安そうに言う。誠は、マニュアルをぱらぱらと見て、何が原因なのかを探そうとした。
「昨日は何をしたのさ」
「普通に、裕美に手紙を買くのに使っただけだよ。あ、そうだ、変換速度の変更をしたんだ。あんまり変換が遅いから」
「それだ」
誠は、マニュアルの目次を開き、変換速度の設定のことが書いてあるページを開いた。
「やっぱり。変換速度を速くしたいんだったら若葉のやつじゃ無理だよ。HDDを買えばできるようになるけどね」
「え?」
誠の言葉の意味がわからない、という感じで、えりが首をかしげる。
「若葉の機械だと、余分のメモリが少ないんだ。だから、高速変換に設定すると、メモリが足りなくなって起ち上がらないと、いうわけ」
「直せるの?誠ちゃん」
「ま、大丈夫」
傍らにマニュアルをおいて、誠は、なめらかな手つきで入力していく。すぐに、環境設定の画面が現われた。
「なにこの環境設定。ユーザー辞書の数多すぎるんじゃないの」
「いいの、3000語で。その内足りなくなるんだから」
「ま、いいか。ほら、なおったよ」
ぴぽっ。と、リセットキーを押す。カチカチと、音がして今度はちゃんと起ち上がっているのが、えりにはわかった。
「ううう、ありがとう。誠ちゃん」
「お礼は、かわいい女の子を紹介するだけでいいからね、若葉」
「サンダルだけで充分だと思うな。わたしは」
つめたくえりが言う。
「また若葉って呼んでるし。ビギナーだからってあんまり馬鹿にしてると、なにかつけがまわってくるからね」
「ま、それはないとおもうけど」
にやり、と、誠が笑う。あきらかに、えりにはなにもできないだろうと思っているようだった。その顔を見て、もちろんえりはむっとした。
「サンダル貸さない」
「もしかしたら、切り札それだけでしょ、若葉。あ、もしかしなくてもそうか」
「ずるい」
えりが、すねる。上目づかいになって、誠のことをにらんだ。
「ま、早くHDD買いなさい。そしたら楽になるしね。変換を速くもできるから」
誠は、えりにすねられるのなどいつものことだと思った。どうせ、何かほかのことを考えさせれば、機嫌がなおる。とりあえずは、目の前から逃げたほうが得策だろうと誠は思った。
「さて、起ち上がった。ところで、今日はなんでワープロを使うんだい」
誠は椅子から立ち上がりながら聞いた。えりは、ハッと、思いだしたようにレポート用紙の束をとりだした。
「明日までのレポートがあるの。20枚」
「打ち終わる?」
「わかんないけど……いざとなったら手伝ってくれるよね。誠ちゃん」
にっこり笑って、えりがいう。誠は、額に手をあててためいきをついた。いつも、あてにしてるんだからな、こいつは。と、誠は思った。だが、どうせ結局は、えりの頼みを断れることなぞないだろうとわかっている、誠なのだった。


後日談
ベシベシ、と激しく窓を叩く音がする。えりだ。 誠は窓をあけ、少し下の方にあるえりの窓を見た。えりは片手に新品だと思われるマウスを持って窓際に立っていた。
「誠ちゃん」
猫撫で声でえりが呼ぶ。今度はどんなトラブルなんだか。
「MS−DOS壊しちゃった」
誠は、思わず額を押さえた。

ちゃんちゃん。
m(._.)m 1992.1.12.0305
2000.05.05.0352


第2話『嗚呼!涙のMS−DOS』編へ

WORKSのTOPへ・ HOME へもどる