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東京コンピューター・ガール

第2話『嗚呼!涙のMS-DOS』編







前回のあらすじ。

えりは、コンピューターをはじめてまもない初心者。
隣にすむ幼なじみの誠に「若葉」と呼ばれ、からかわれながらも教えてもらい、頼りない感じであるが何とかやっている。



ある日、えりは、買ったばかりのマウスをもって誠の部屋の窓ガラスを叩いた。
「MS-DOSが動かなくなったって?若葉、今度は一体なにやったんだ」
誠は、下の方にあるえりの家の窓を、自分の部屋の窓から身を乗りだして見た。えりは、いつも誠を呼び出すときに使う、長いプラスチックの定規をもって立っている。
「『若葉』って呼ぶのはよしてよね、誠ちゃん」
えりは、ちょっとくちびるをとがらし、すねたように言う。
「別になにもしてないよ。これつなごうとしただけ」
窓から身を乗りだしている誠に、えりは、昨日、秋葉原から買ってきたばかりという新品のマウスをかかげて見せた。
薄いグレーの卵型。たてに細長くあるクリックボタンは、青っぽい緑色で、わりあいきれいな色あいのマウスだった。しかし、えりが特に好きそうな色あいではない。えりが、なぜそんな色のマウスを買ったのか、誠は少しだけ不思議に思った。
「マウス?つなぐのなんて簡単だろう。マニュアル見ながらやれば、若葉にだってできる」
「うん。そう思って一応努力はしたんだけどね。とにかく来て見てくれない。全然わかんないんだもん」
と、言うと、えりはちょっとすねたような表情をしていたのに、心底困っていると言う表情になった。そして、じぃっと、誠のことを見る。すがるようなえりの目を見て、誠はしょうがないなぁと思った。
えりのこの表情には、誠はどうにもかなわないのである。誠は、頭をかきながら、えりに状況を聞きはじめた。
「エラーメッセージとかは、でなかったのか?」
「何にも。本当に途中で止まっちゃうの。メッセージもでないし、マニュアルにもそんなののってないし、どうしたらいいのかわかんないのよ」
えりの上目づかいの、まっすぐな視線が誠の目を見つめている。
「ね、誠ちゃん助けてくれるよね」
と、えりが小首を傾げながら誠にたずねると、誠はそうだな、という感じで腕を組んで考えるポーズをした。そして、
「若葉が『ちゃん』づけをやめたらね」
と、誠は言った。
「うーん、それは誠ちゃんが『若葉』ってよぶのを止めてくれれば、ね」
「じゃ、教えてやらない」
誠は、えりに対して冷たく言い放った。そのまま、スイッ、と冷淡に窓を閉めようとする。そんな誠の態度を見て、えりはあわててお願いしたのだった。
「やめる。やめるから、教えてください。お願いします。誠ちゃ……」
ついくせで『ちゃん』をつけてしまいそうになるのを、えりは手で押さえた。そのようすを見て、誠はやっぱりえりには勝てないだろうなと思った。
「ま、いいか」
と、返事をする。誠は、しょうがないなぁと苦笑しながら、窓の側に用意しておいた袋を肩にかついだ。そして、窓枠を乗りこえてのりこえ、えりの部屋に入った。
「?まこちゃん、その袋なに」
えりは、誠がかついできた袋を不思議そうに見る。
「サンダル」
「そんなの貸してあげるのに」
「いつも借りるわけにはいかないだろ。ま、専用サンダルということで」
「なに専用?」
「若葉教習専用」
「ひどい。また『若葉』ってよんだわね」
「でも今日は切り札はないぞ」
えりは、誠にそういわれると見る見るうちにむっとした顔になった。水中で つつかれたふぐのようで、可愛らしい感じである。誠はその表情を見ながら微笑んだ。誠のその表情を見て、えりはさらにふくれる。
「ま、たちあげてようすをみてみるか」
誠は、パソコンの前にある椅子に座って、えりのパソコンの電源をなれたようすで入れた。ほどなく、ぴぽっ、と、かわいい音がしてメモリチェックが始まる。
「でMS-DOSのディスクはどれだ」
と、誠がディスプレイを見ながら聞くと、えりはむっとした表情のままでディスクをぶっきらぼうにさしだした。誠はそんなえりの表情を気にもかけないようすで、ディスクをドライブに差しこみリセットキーを押した。
ドライブの赤ランプがついて、ディスクが読みこまれはじめる。
「動いてるじゃないか」
「こっからさきが問題なのよね」
えりがぽそりとつぶやいた。
が、ディスプレイのようすからみると、どう見ても順調に動いているようにしか見えない。どこが問題なんだ、と、誠は思った。
別に読みこみができていないわけではない……ちゃんと周辺機器のコマンドも読みこんでいるようだ。
が、つぎの瞬間、誠は不思議に思った。
「画面が動かないでしょ」
えりが、それが問題なのよねと、つぶやいた。
「えっと、『こんふぃぐしす』とかいうのを、本にのってたとおりに打ちこんでね、マウスが使えるようにしたはずなのに、リセットしてみたら、そこで止っちゃうのよね。メニューにもならないし、『ぷろんぷと?』とかいうのもでないし。どうしたら動くと思う、誠ちゃん」
と、えりは、こめかみに指をあてて思いだしながら、一生懸命に自分のしたことを、誠に説明した。
「さて?」
が、誠は首をひねって考え込んでしまった。
誠にも、この症状の見当がつかなかったのだ。一応、えりがしたことに原因があるだろうと考え、聞いてみることにした。
「一番最後にしたことは何なんだい、若葉」
「『若葉』ってよぶのは止めてってば。誠ちゃんも、いい加減しつこいわね」
まだむくれたままの調子で、えりが答える。
えりが『ちゃん』付けするのも、結構しつこいと、誠は思った。が、けれど、えりの態度を見て誠は、これは本当にすねてしまうという気配を感じて、少しだけ態度をあらためることにした。
「はいはい、で、最後にしたことは?」
小さな子どもの機嫌を損ねないようにしている感じで、誠はえりに聞いた。
「『こんふぃぐしす』の書き換え……」
えりのご機嫌は斜めである。口調が重たくなってきている。
これは、きっちり原因をつきとめて、MS-DOSのディスクを直してあげないと、機嫌は悪化する一方だなと、誠は思った。が、原因がわからない。なにしろ、ディスクのなかが見えないのだ。
誠の持っているパソコンは、えりのパソコンと互換性がないので、なかを見ることができない。
多分、いや、絶対にその『こんふぃぐしす』に問題があることは間違いないのだろうが、どこがどう問題なのかは、誠にはわからなかった。
「マスターディスクあるよね?」
誠は、えりの方を振りかえって言った。
「うにゃ?あるにはあるけど?」
何に使うの?、と聞くようにえりは、小首を傾げる。
「貸してくれる?それと、ブランクディスク二枚。フォーマットしてなくてもいいからさ」
「なにするの?」
えりは、本棚の上から、フロッピーディスクを背伸びしてとりだした。えりは、けげんそうな顔をしてにMS-DOSのマスターディスクを誠に渡す。
「原因がわからないから、一からディスクを作ったほうが早そうだと思ってね」
「えっ、誠ちゃんでもわからないことがあるの?」
えりは、とても驚いていた。パソコンのことでいつも頼っていた誠にも、わからないことがあるということが、信じられないようだ。
一応、誠にはどこが悪いのかは見当はついてはいた。けれども、確かめることができない。ディスクをいじることもできないことだし、それなら一から作り直したほうが早いと、誠は考えたのだった。
誠は、マスターディスクのインストールプログラムに従って、運用ディスクを作っていった。新しい運用ディスクをドライブにいれて、リセットキーを押す。
ぴぽっ、と音がして、無事MS-DOSが立ち上がりはじめる。
「とりあえず、よし。っと、で、マウスを組み込むんだったっけ?」
誠は、えりの理解できる速度よりも早く運用ディスクを作ってしまった。えりはただ目を丸くして、誠の後ろ姿を見ているだけである。
「うん」
と、誠の問いにえりはうなづいた。
「はいはいっと、コンフィグシスを書き換えて……こんなもんかな。できたよ、若葉。マウス差しこんでリセットキー押してみな」
マニュアルも見ないで、あっというまに『こんふぃぐしす』の書きかえをしてしまう誠を見て、えりは、やっぱり誠は頼りになると思った。
えりは、尊敬のまなざしで、誠の背中を見つめた。
MS-DOSを立ちあげてみると、今度は、『マウスが使用可能です』というメッセージが画面の下の方に出た。
ちゃんとメニュー画面にもなった。これで昨日一日を潰して、秋葉原までマウスを買いにいった苦労がむくわれたかと思うと、えりはとってもうれしくなった。
「えへへ。まこちゃんありがとう」
顔がゆるんで、にっこりしているえりを見て、誠はほっとした。
とりあえず、えりのご機嫌は回復したようである。
「どういたしまして。あ、でもちょっとかして」
誠は、さっきの動かなかったディスクをドライブにいれて、中身をよんでみた。とくに変わったところはない。
続いて、コンフィグシスをのぞいてみる。
「あ、なるほどね」
「え?なになに誠ちゃん」
えりが後ろからディスプレイをのぞき込んだ。しかし、ディスプレイの内容が読めない。変な記号がならんでいるだけである。
「コピーに失敗したんだね、これは。マウスドライバが、ちゃんとコピーされなかったんだろう。だから動かなかったんじゃないかな。わかる?若葉」
誠は、えりの方を振りかえって聞いた。すると、えりはおもいっきり大きく首を傾ける。
「わかんにゃい」
と、えりはにっこり無邪気に笑って、本当に理解していない感じで言った。誠はえりのその表情を見て、まあ、しょうがないかなという感じで少し笑った。



後日談

「何だこのマウス。カウント数が、150/300/600カウント/インチだって。何でこんな半端な数なんだ。なんでこんなの買ったんだ若葉」
誠は、えりのマウスをしげしげと眺めてから聞いた。どうやら、カウント数の切り替えのスイッチのところに書いてある数字に目をとめたらしい。
えりは、とくにそのマウスが変だと思わずに買ってきたらしい。誠を見てきょとんとしている。
「え、だって。お絵書きするのには、カウント数が小さいの、ゲームするのには、カウント数の大きいのがいいでしょ。その条件でね、探してったらそのマウスしかなかったんだ。そんなにそのマウスって、変なの?」
「変。おもいっきり変」
「でも、別に不便には感じないけどなぁ」
えりが、不思議そうに首を傾げるのを見て、誠は思わず頭を抱えてしまったのであった。
「ま、いっけどね」



1992.06.06.0224
2000.05.15.0432


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