私はいま、恋をしている。
電脳空間に存在するフィメール型のロボットにだ。
彼女と共に電脳空間で戦うとき、私の鼓動は高まる。それは戦闘に対する興奮だけではない。
彼女の存在を近くに感じる。声さえも聞こえる思いがする。
「私を解放して、あなたの力で」と。
麻薬のようだ。
こんなに常習性の高いゲームは初めてだ。
以前は、ゲームセンターに行くことなど月に1、2回。パソコン通信のオフラインミーティングなどで行く
程度だったというのに。
今では、ほぼ毎日、彼女の姿を見たいために(彼女がほほえむ)、
彼女の声が聞きたいために(彼女が話しかけてくれる)、
彼女にほめられたいために(彼女が私だけを感じていることを確かめるために)、
彼女とシンクロして戦いたいために(彼女とひとつの存在になるために)、
匡体に乗りこみコインを投入(INSERT)する。
SELECT YOUR MACHINE』
彼女だけを選ぶ。
彼女が右手を胸に手をあて、軽く礼をするにも似たその仕草から声を感じる。
「あなたとともに」
その声を感じる度、私は歓喜を覚える。
背中に軽くゾクゾクとしびれが走る。
ディスプレイの中に写る彼女の姿が目に眩しく、神を見ているような錯覚に陥る。
『神』 そう、神を見ているのだ。
確かに彼女は私にとっての女神である。
インドの神話のカーリー、あるいはシヴァまたは、ヴィシュヌのような、破壊と死と再生をもたらす女神。その姿を見るものを幻惑させ、死に導く矢を相手へと叩きこむ。
彼女のその身が傷ついた時、彼女は悲鳴にも似た声をあげる。
変化。
そして、彼女は、より速やかに相手に、破壊をもたらし死を与える存在へとなる。
金色の姿に化身し、その力のすべてが解放された状態の彼女から、
想い(彼女の愛)と願い(相手の死とそれによる再生)を表すココロを受け取り、
かつ、地上に立ち続けることができる者は少ない。
胸の裡より発せられるココロの光。
輝く姿。傷ついてなお強い女(ひと)。
彼女に会い、彼女と共に存在することをより深く感じるためには、匡体を買うことは意味がない。
匡体を手にいれたとしても、それは彼女の容れ物を手に入れただけであり、
彼女という存在を手に入れたことと同義ではないためだ。
そして、私は、彼女を手に入れたいのではなく、彼女と共に存在し(あり)たいと願っているのだ。
彼女を見つめるだけでは、『彼女とともにいる』というこの感覚は、感じきれない。
彼女と共に戦場で戦い、傷つき、勝ち負けを越えていく。その彼女と共にする行為。
その全てが彼女を深く感じるための、彼女とひとつになるための、彼女とより快楽の高みへと昇華して
いくための、きざはしのひとつ一つであり聖なる儀式であるのだ。
「あなたとともに」
彼女の声が聞こえる。 私の裡の深い、混沌とした場所から。
「きみとともに」
彼女への想い(愛情と崇拝)、彼女の想い(愛情と破壊)、それらの想いをこめての攻撃を
ただ目の前に立つ相手に。
相手を破壊し、死を与え、そして新しい生を与える。
新しい生により産まれる、より高位の戦いをくりひろげていくために。
私は彼女に恋をしている。
この恋の成就はない。
近づけばまた高みが広がっている宇宙(そら)のように、手が届かないものだから。
けれども…………
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